4-3『晴れのち砲弾』
・登場人物案内
補給 伝吉 ……… 補給
隊員B 一 ……… 隊員B
※お詫びと解説
最初に出てくる第21観測壕の面子は、過去にチラっと出てきたor初登場のキャラクターとなります。
非常にややこしくなってしまったので、“第21観測壕の人々”とひとくくりで認識していただければと思います。
わかりにくくなったとのご指摘を受けたばかりで、さらに分かりにくくなるような描写でご迷惑をお掛けして非常に申し訳ございませんが、
なにとぞご理解いただければと存じます。
自衛『L1、こちらL2。敵の斥候はやり過ごした』
施設A「……向こうは敵の斥候をやり過ごしたみたいだ」
狭く暗い空間で、ひとりの隊員――施設科の施設A三曹が無線通信に耳を傾けている。
ここは第21観測壕。
自衛等の第2攻撃壕の対岸の丘に作られた塹壕だ。
施設D「よくやる」
施設A三曹の隣にいた、同じく施設科の施設D陸士長が、呆れた声で言いながら隙間から外を監視している。
それを真似する様に、施設Aも塹壕とシートの隙間から外を覗き見る。
最初に目に映るのは、谷を挟んで向こう側の第2攻撃壕のある丘。
第2攻撃壕を通り過ぎた傭兵達の松明の明かりが、ゆらゆらと揺れているのが見える。
一瞬その様子を見てから、今度は崖下の谷間の道に目を落とす。
そして目に飛び込んでくるのは、先程の物とは比べ物にならない、谷間を川の水のように流れて行く無数の松明の明かり。
傭兵隊の本隊、何十騎もの騎兵が通過して行く様子が見えた。
施設A「ジャンカーL1、補給二曹聞こえますか?こちらスナップ21。目標ドローン1は現在B2線を通過中」
施設A三曹は無線を手に取り、第1攻撃壕の補給へ傭兵隊の動向を伝える。
補給『了解スナップ21。L2が敵斥候をやり過ごしたのは聞いたな?作戦は変更無く継続する、少しでも何か変化があればすぐに伝えるように』
施設A「了解」
眼下を通り過ぎて行く傭兵隊を、塹壕内の隊員等はまじまじと眺めている。
武器E「……百名以上居る。それに対してこっちはたかだが三十数名、本当に大丈夫なのか」
訝しげな顔で呟いたのは、施設D士長のさらに隣に座る、武器科の武器E士長。
施設D「だから奇襲をするんだろ。十字砲火を浴びせられるよう陣形を整えたし、迫撃砲支援もある。なんとかなるだろ………いや、なんとかするしかねぇんだ」
武器E士長の発した台詞に、施設D士長は言い聞かせるように答えた。
武器E「補給二曹はうまく指揮してくれるのかね………年長者で先任だからって、今回の戦闘の指揮なんぞ押し付けられたんだろ?
先任ったって需品科の先任であって、戦闘の指揮なんて経験無いはずなのによ」
武器D「………それ、私等が言えた義理?」
武器E士長の愚痴に、今度はいささか暗い声で返答が返ってくる。
塹壕中央に設置された12.7mm重機関銃に着く女性隊員、同じく武器科の武器D士長が声を返したようだ。
武器D「みんな矢表に立ったことなんてない後方支援要因じゃない。私達にちゃんと今回の戦闘をこなせる保障はあるのかしらね………」
この第21観測壕には6人の隊員が配置されていたが、
彼女の言葉道理、一人を除いてこの場にいるのは皆、武器科や施設科などの後方支援職種の人間だった。
施設D「は、確かにな」
武器D士長の言葉に、施設D士長が鼻で笑ってから言う。
施設D「だが俺等はともかく、補給二曹は以前は19管区の68普にいたって聞いてる。
いくらかの経験はあるんだろう、少なくとも俺等が心配すんのはお門違いだ。……おい、隊列が途切れたぞ」
話をしている間に、傭兵隊の長い隊列は、第21観測壕の眼下を通り過ぎた。
施設A「スナップ21よりジャンカーL1。目標ドローン1がB2線を通過。あと数分でそちらの有効射程に入る」
施設A三曹は無線で補給のいる第1攻撃壕にその旨を送った。
隊員等は遠ざかって行く傭兵隊を見送る。
施設D「背中が丸見えだ」
施設D士長は、自身の火器であるMINIMI軽機関銃の照準を覗き、傭兵隊の隊列を追いながら呟く。
施設A「まだ撃つなよ。敵本隊への主攻撃はA1線の担当だ。俺等は敵の背後を監視し、撃ち漏らしをやるだけだ」
施設A三曹が施設D士長に、念を押すように注意の言葉をかける。
施設D「分かってますよ。ッ、とっとと終わらせたいぜ……」
施設E「あれ?施設D士長、以外ですね」
悪態を吐いた施設D士長に、やや明るめの口調で反応する声。
声の主は、小柄でこの場では一番若い、施設科の施設E一士だ。
施設D「はぁ?」
施設E一士の言葉の意図が分からず、施設D士長は怪訝な声を返す。
施設E「もっと息巻いてると思ってましたよ。じいちゃんばあちゃんに自慢できる仕事がしたいって、いつも言ってたじゃないですか。
今こそ日ごろの成果を発揮できる。じいちゃんばあちゃんに自慢できますよ」
施設D「何馬鹿言ってる」
施設Eの言葉に、施設Dは不機嫌そうな表情を作り、そう返す。
施設D「これからするのは人殺しだぞ。間違っても自慢なんかできるかよ……」
施設E「あ……すんません……」
自身の発言が軽率だった事に気付き、施設Eは気まずそうに謝った。
武器E「54普の連中とかは、何食わぬ顔でバカスカやってるけどな」
そんな二人のやり取りに、武器E士長が横から口を挟む。
武器D「あいつら基準にしてどうすんのよ、“おかしい”の代名詞の54普よ。危ない言動の連中ばっかりが意図的に集められてるって噂まである」
さらに武器D士長も会話に加わり、ウンザリしたような口調で発言する。
施設E「あー、それに他の隊や新人の連中にも、普通に戦ってるヤツがチョコチョコいるみたいですけど?」
武器E、武器D両名の54普連に対する発言に、施設E一士が少しかばうように言う。
武器E「そういうのは元からイカれたヤツなんだろ。そいつらもほっときゃ、何人かは54普送りになってたかも――」
施設A「おいッ!」
武器E士長の言葉を遮り、施設A三曹が怒鳴った。
そして塹壕の一番端に目配せをする。
武器D「あ……」
武器E「……すいません、三曹」
その先にいる人物を見て、武器E、武器Dは気まずそうな顔を作り、謝罪した。
隊員K「……いい、少しアレな連中が多いのは事実だ」
そう発した、壕の一番端の人物。
返事を返しながらも、その視線は武器E等には向かず、塹壕の外を監視している。
この場で唯一の普通科隊員の、隊員K三曹だ。
彼は後方支援職の隊員が中心のこの隊を補佐するため、ここに組み込まれていた。
施設A「どちらにせよお前等のは根拠の無い噂話だ、口を慎め」
武器E「了解……」
武器D「すみません……」
施設A三曹から叱責を受け、武器Eと武器Dは再度謝罪した。
施設D「三曹。敵隊列、A1攻撃線に入ります」
ちょうど会話が一区切りを迎えたところで、施設D士長が発する。
傭兵隊の隊列が、A1攻撃線――すなわち、補給等の第1攻撃壕の攻撃範囲に入ろうとしていた。
施設A「よし、備えろ。向こうでおっぱじまるぞ」
傭兵隊は谷間の道を進軍している。
先陣の瞬狼隊は“くの字”の陣形を作り、前方を警戒しながら進んでいる。
一方、本隊である親狼隊は、隊をいくつかのグループに分け、グループごとにいくらかの間隔を取りつつ、陣形を作って瞬狼隊に続いている。
谷の南側の丘には、警戒のために上げた軽装兵の松明の明かりが見える。
軽装兵は本隊に合わせて丘の上を進んでおり、彼等から特に異常の報告は無い。
ここまで傭兵隊に襲い掛かってくるような敵の気配は感じられず、傭兵隊は谷の半ばに差し掛かった。
その時、傭兵隊の上空を、発光体が斜めに通過した。
術師B「………」
遠方知覚魔法を扱う術師Bが、再び周囲を観測するために、発光体を飛ばしていた。
頭領「術師B、あまり根をつめるな」
術師B「はい……でも近くなら比較的思い道理にうごかせますから」
頭領が気を使い声をかけるが、術師Bは言葉だけ返し、発光体の操作を続ける。
高い魔力と技術を持たず、発光体の操作に制約を受ける術師Bだったが、
近距離では比較的思い道理に発光体を動かす事ができた。
術師B「先輩術師さんがいれば……」
術師Bが発した名は、彼女の慕っていた女性術師だ。
術師Bよりも高い魔力と技量を持つ術師だったが、
数ヶ月前に傭兵隊が引き受けた作戦で負傷し、今は隊に身をおいていなかった。
親狼隊長「頭領、もう少しで谷の出口が見えてくるはずです」
親狼隊長が頭領に言う。
傭兵隊は谷を進み続け、谷の三分の二を消化。谷の出口に近づこうとしていた。
親狼隊長「……杞憂で終わってくれそうですかね」
頭領「油断はするな」
頭領は戒めの言葉を発する。
しかし、周辺に大部隊の気配は無く、術師からの報告も無い。
頭領も内心では少しだけ安堵していた。
術師B「……え?」
だが、次の瞬間、背後で声が上がる。
他でもない、上空の発光体を操っている少女、術師Bの発した声だった。
頭領「どうした?」
術師B「いえ……前方の崖の上に今何か……」
親狼隊長の問いかけに、戸惑った声を返す術師B。
術師Bの操る発光体は、今さっき、前方側面に見える崖の上を横切ったところだったが、そこで、地表に微かな違和感を覚えた。
先ほどの偵察では真っ暗で地面の様子などほとんど分からなかったが、今、周囲には傭兵隊の松明の明かりが微かだが届いる。
そのおかげで、崖の上の違和感に気付いたのだ。
違和感の正体が何かを確かめるべく、術師Bは発光体を旋回させ、再度崖の上へと飛ばす。
崖の上空へと到達した発光体は、上空から見たその場の様子を、映像として術師Bの脳裏へと伝える。
その場で発光体を旋回させ、地表をよくよく観察する。
そして崖際に、奇妙な一帯が存在する事に気付いた。
何か布のような物で一帯が細長く覆い隠され、所々から何かが覗き出ている。
術師B「!、崖の上!何か隠れています!」
頭領「何!?」
術師Bが叫び、それを聞いた頭領達が声を上げる。
頭領「各隊ッ!右翼を正面に防御体制ーーッ!!」
頭領は術師Bに詳細を尋ねることはしなかった。
それより先に声を張り上げ、傭兵隊全隊へと指示を出した。
近くにいた傭兵の各グループは、頭領の声を耳にすると、即座に馬から降りて行動に移った。
同時に頭領の命令を聞いた各グループのリーダーは、その命令を大声で反復する。
反復された命令は陣形の外側にいるグループへ伝わり、頭領の命令はものの数秒で、傭兵隊全体へと伝播していった。
各グループの傭兵達の動きはすばやく、命じられた隊形を形作って行く。
頭領「術師B!崖の上に何がいるんだ!?」
防御命令を出し終えてから、頭領は背後の少女に振り向き、詳細を尋ねた。
術師B「分かりません!地面に何かが隠れています!あ、今動き――」
次の瞬間だった。
谷の上空で、突如鈍い破裂音が響く。
そして傭兵隊の頭上で、二つの強烈な光が瞬いた。
上がった二つの光源により、周囲が今まで以上に明るく照らされる。
親狼隊長「ッ……!これはフレムか!?」
親狼隊長は目を細め、上空の強烈な光を見上げながら、思い当たる光系魔法の名を口にする。
頭領「うろたえるなッ!陣形を作れ!」
頭領は再び声を張り上げる。
傭兵達の注意はほんの一瞬だけ逸れたものの、彼等は即座に行動を再開。
あとわずか数秒で、全てのグループが防御体制への移項を完了するはずだった。
頭領「!!」
だが突如、頭領の――いや、全ての傭兵達の耳が不可解な音を捉えた。
それは風が吹く音とも、口笛の音ともつかない奇妙な音。
親狼隊長「一体何の音――」
その音は、次の瞬間に爆音へと変わった。
音と同時に頭領の視線の先で爆炎が上がる。
そして、そこにいた傭兵のグループが、土砂と共に吹き飛んだ。
頭領「……な……!」
さらに一秒と間を置かずに、各所で次々に爆炎が上がった。
その場にいた傭兵達が爆炎に巻き込まれ、吹き飛ばされ、巻き上げられて行く。
親狼A「こ、攻撃ッ!敵の攻撃だぁーー!」
誰かの声が爆音に混じって微かに聞こえる。
そして傭兵団は混乱に陥った。
親狼隊長「ッ、落ち着け!各隊、散会し――ごぁぁッ!?」
親狼隊長親狼隊長は、混乱する傭兵達を治めるべく、声を張り上げようとした。
だが、彼の背後でも爆炎が上がった。
爆風に煽られ、彼の愛馬は吹き飛ぶように転倒、そして親狼隊長は地面に投げ出された。
数分前、補給等の第1攻撃壕。
補給「来たな」
補給が暗視装置を覗いている。
彼の目には、谷間の先から姿を現した傭兵隊が見えていた。
隊員N「敵の先鋒がまもなく着弾範囲に侵入。先鋒と本隊の間に近くの間隔があります。100メートル から150メートルほどです」
補給の横で、同じく暗視装置を覗いている隊員Nという三曹がそう伝える。
補給「先鋒は通過させろ、目標は本隊だ。本隊が着弾地点に来るまで待つ」
補給は隣の隊員N三曹だけでなく、塹壕にいる隊員等に言い聞かせる。
隊員N「先鋒、着弾範囲に侵入……二曹、傭兵隊の上空に発光体です」
迫り来る傭兵隊の上空に、先ほど飛来したものと同様の赤い発光体が表れた。
現われた発光体は、傭兵隊本隊を中心に周辺を飛び回っている。
隊員N「周辺警戒のために飛ばしているようです」
補給「まるで護衛機だな」
補給は発光体の動きを見て呟いた。
隊員N「二曹。敵先鋒、通過します」
先行していた傭兵の偵察隊、30騎程の騎兵が補給等の眼下を通り過ぎてゆく。
隊員N「敵本隊、まもなく着弾範囲に侵入」
補給「隊員B、迫撃砲に準備要請。すぐさま砲撃できるようにと伝えろ」
隊員B「はい」
隊員N三曹のさらに隣にいる隊員Bが、無線を手に後方の迫撃砲部隊へ通信を繋ぐ。
隊員N「二曹!発光体がこっちに来ます」
その時、隊員Nが上空に視線を送りながら言った。
彼の言葉道理、傭兵隊の上空を飛びまわっていた発光体が、こちらへと向ってきている。
補給「落ち着け。下手に動かず、さっきと同じようにやり過ごすぞ」
補給を始め、塹壕内の隊員等は息を潜める。
発光体はものの数秒で塹壕上空に到達、真上を通り過ぎて行った。
補給「行ったか」
隊員N「……待った、また戻ってきます」
上空を通過した発光体は、塹壕から少し離れたところで旋回し、
再び塹壕上空へ戻って来た。
補給「さっきより動きが機敏だ、傭兵隊が近くにいるせいか?」
発光体は再度塹壕上空を通過し、傭兵隊の元へ戻ると思われた。
だが、発光体はまたしても旋回し、こちらへと飛来してきた。
そしてあろうことか、発光体は塹壕上空に張り付くように旋回を始めた。
隊員B「ッ、糞!」
発光体のしつこさに、隊員Bが悪態を吐く。
補給(こいつは、気付かれたか……?)
補給は発光体を目で追いながら、心の中で呟く。
隊員N「二曹!」
その時、補給の内心を肯定するかのように、隣にいる隊員N三曹が叫んだ。
彼の目線は上空ではなく谷間の傭兵隊に向いている。
隊員N「傭兵隊に動きが……こっちに向けて展開してる……我々は発見されてます!」
分散していた傭兵グループのほとんどが、慌しく動き始める。
そして彼等の動きは、どれもこちらへ向けられたものだった。
補給「擬装解除!隊員B、迫撃砲に砲撃要請!」
傭兵達の動きを見て、補給は迷わず即座にその指示を下した。
隊員B「はい!ジャンカーL1よりモーター。砲撃開始、繰り返す砲撃開始ッ!」
隊員Bが無線に向けて叫びだす。
それと同時に、塹壕を覆っていた擬装シートが一斉に取り払われた。
補給「全隊攻撃許可!隊員L三曹、照明弾上げろ!」
隊員L「了解」
隊員Lと呼ばれた隊員が、補給の指示に答えて71式66mmてき弾銃を構えた。
隊員Lが引き金を引くと、発射音と同時に駐退機下がり、てき弾銃から照明弾が撃ち出される。
ほぼ同時に、塹壕の一番端にいた隊員が同様に照明弾を上げる。
撃ち出された二発の照明弾は、上空で炸裂。
強烈な光源が夜空に浮かび、谷全体を照らした。
隊員B「二曹!迫撃砲部隊、砲撃を開始。初弾着弾まで五秒ッ!」
無線を扱っていた隊員Bが、迫撃砲部隊からの通信内容を補給に伝える。
補給「了解」
補給はそれに一言、端的に答える。
そして照明弾により照らし出された谷に、風を切るような音が響き渡り出し、
―――最初の爆炎が上がった。
初弾は傭兵隊本隊の先頭、最右翼にいた傭兵グループの元へと落ちた。
グループは爆炎に包まれ、5〜6名が馬と共に吹き飛んだ。
それとほぼ同時に、2発目が傭兵隊の中列左翼にいたグループの所に着弾。
グループのやや後ろで爆破した迫撃砲弾に、傭兵達数名は馬と共に、まるで蹴り上げられたかのように宙へと舞った。
3発目、4発目と、迫撃砲部隊の64式81mm迫撃砲から撃ち出された迫撃砲弾は次々と着弾。
ほとんど同じ瞬間に、傭兵隊隊列の各所で計六つの爆炎が上がり、合計して30名近くの傭兵達が、吹き飛ばされ、四散した。
無事だった他の傭兵達が何が起こったのかを把握する前に、第2波が傭兵隊へと襲い掛かる。
何発かは第1波攻撃を凌ぎ、無事だったグループの元へと着弾、吹き飛ばされた先の者達と同様の運命を辿らせる。
残りの何発かは、第1波攻撃で吹き飛ばされ、しかし死には至らなかった傭兵達へ、無慈悲にも再度襲い掛かった。
第2派攻撃が止むと、その数秒後には第3波、さらにその後には第4波と、混乱に陥った傭兵隊へ迫撃砲弾が着弾、傭兵達を次々に吹き飛ばしていった。
補給「………砲撃停止」
20発以上の迫撃砲弾が撃ち込まれた所で、補給は砲撃停止の命令を出した。
隊員B「モーター、砲撃停止、砲撃停止」
迫撃砲部隊『モーター、了解。次の指示あるまで待機する』
隊員Bが無線で砲撃停止の旨を伝え、迫撃砲部隊からの砲撃が止んだ。
補給(三〜四十名は吹き飛んだか……)
補給は倍率を低めに合わせた双眼鏡を覗き、眼下の谷の様子を確認する。
補給(………)
数秒眺めた後に、補給は双眼鏡を降ろす。
補給の表情はかすかに曇っていた。
隊員N「二曹、生き残りがばらけます!」
隊員N三曹が、生き残りの傭兵達の動きを確認し、報告を上げる。
補給「射撃開始、各個に撃て」
報告に、補給は曇っていた表情を元に戻し、端的に指示を下す。
塹壕に設置された機関銃、そして各員の持つ火器が火を噴き出した。
親狼隊長「……ぐッ……!」
落馬した親狼隊隊長、親狼隊長は痛む体を起こし、周囲を見渡す。
地獄絵図だった。
負傷者の悲鳴がそこかしこで上がっている。
周囲に仲間の亡骸がいくつも転がり、血の水溜りがそこらじゅうにでき、吹き飛ばされ、千切れた人間の“部品”があちこちに散らばっている。
夜空に撃ち上がった光源によって、それらははっきりと照らされ、親狼隊長の目に飛び込んできた。
頭領「親狼隊長、親狼隊長!しっかりしろ!」
親狼隊長の元へ、頭領が駆け寄ってきた。
親狼隊長「頭領……のは、ボルカレイナ攻撃ですか……!?」
たった今起こった爆炎攻撃がなんなのか、親狼隊長は思い当たる魔法を口にする。
ただ、今の攻撃が自分が口にした魔法とは別物であろうことは、内心では彼も分かっていた。
頭領「分からん、それにしては妙だ。火炎弾が飛来するのも見えなかった。とにかくここを離れなければ!」
親狼隊長は頭領の助けを受け、体を起こす。
周囲では攻撃を逃れたものの、突然の事態に浮き足立っている傭兵達の姿が見えた。
親狼A「頭領!指示を下さい!一体どうすれば――」
次の瞬間だった。
ブシュ、と、
視界の先で指示を求めていた傭兵が、突然頭から血を噴き出して倒れた。
親狼隊長「!?」
驚いたのも束の間、彼の付近にいた他の傭兵達も、同様に体から血を噴き出し、次々と倒れて行く。
親狼隊長「頭領!」
親狼隊長は咄嗟に、自分を支えてくれていた頭領に体当たりをし、近くの馬の亡骸へと倒れさせる。
そして自身も馬の亡骸の影に倒れこんだ。
親狼隊長「身を隠せーッ!生きてる者は身を隠せーッ!」
倒れこむと同時に、親狼隊長は周囲にいる味方に大声で叫んだ。
その指示に、周囲の生き残っていた傭兵達は遮蔽物へ身を隠してゆく。
遅れた何名かが、謎の攻撃に食われ、血を噴き出した。
頭領「ッ、すまん……!今のはなんだ!?」
頭領は自分を庇ってくれた親狼隊長に例を言い、そして尋ねる。
親狼隊長「不明です!いきなり血を噴き出しました!矢の類かレイニ系の飛晶魔法か……?……術師A!崖の上の魔力反応を調べろ!」
親狼隊長は、後ろで別の馬の亡骸に身を隠している、術師の術師Aに向けて叫んだ。
術師A「やってます……ッ!もう谷全域を調べてます!」
術師Aは縮こまった体勢で馬の亡骸に隠れ、水晶の入った箱を手に、術を発動していた。
親狼隊長「反応はあったか!?」
術師A「まったくないです!どうして!?あんな攻撃があったのに、術者らしい魔力をどこにも感じられない!」
術師Aからは悲鳴にも近い声で返答が返ってきた。
親狼隊長「魔法ではない……となると」
親狼隊長は馬の亡骸からわずかに顔を出す。
彼の視線が向くのは、先ほど術師Bが何かいると言った崖の上。
一瞬、崖の上で光が瞬き、何かが爆ぜるような音がする。
親狼隊長「今のは……ヅッ!」
そしてわずかに間を置いてから、周囲の地面が突然抉られ、馬の亡骸が血を噴き出し、謎の衝撃が伝わってきた。
親狼隊長「……やはり崖の上からの攻撃です!魔力の反応が無いとなると、恐らく武器による攻撃だと思われます」
頭領「そうか。しかし、谷全域にまったく魔力が感じられないというのが気になる。先ほどの爆炎攻撃の正体は……?」
頭領が考えている途中で、再び謎の攻撃が襲って来た。
そして遠くで仲間が、倒れて行くのが見える。
親狼隊長「糞!」
頭領「ッ、考えるのは後か。この場をなんとかしなければ、攻撃も撤退もままならん」
呟くと、頭領は一度息を吸い、そして大声を発した。
頭領「動ける隊はいるかー!?崖に向けて防御体制!隊ごとに分散して展開しろーッ!」
その指示は、狙われていなかった、もしくは遮蔽物に隠れてやり過ごしていた傭兵達の耳に届く。
そして彼等は再び動き出した。
動き出した傭兵達は、まず各所で4〜6名ほどのグループを作り出した。
彼等は皆、その手に鉄製の大きな盾を持っている。
展開する途中で、またしても何人かの傭兵が血を噴いて倒れるが、今度は傭兵達は怯まずに、行動し続ける。
彼等はそれぞれの場所で集結すると、横一列並び、立てひざを突いて盾を構え、防御体制を完成させた。
その一連の動作は、まるで機動隊が展開して行くようだった。
親狼隊長「何人か、頭領のために盾を!」
親狼隊長は頭領を守るために、周囲の傭兵に声をかける。
すると、一番近くにいた傭兵グループが駆け寄ってきて、頭領や親狼隊長、近場にいた仲間を守るように、盾を構えて周囲を固めた。
傭兵グループの八割がたが防御体制を完成させつつあった時、一番突出していたグループに攻撃が加えられた。
彼等の構える盾にいくつもの強い衝撃が走り、金属同士がぶつかり合う音が響いた。
親狼B「ッ……大丈夫だ、防げます!」
だが加えられた攻撃は盾を貫通せず、傭兵達は健在だった。
頭領「よし、弓兵!整った隊から崖の上へ攻撃を始めろ!親狼隊長、念のため各隊へ術者を向わせ、防御上昇の魔法を施させろ。
それとレイニシルダとマーヴェウォイルを使える者が生きていたら、それも準備もさせるんだ!」
親狼隊長「了解!術者の者で無事なものは返事をしろー!」
頭領から指示を受け、親狼隊長はそれを成すために行動を始めた。
一方、各傭兵グループは次の動きに移る。
盾を構えた傭兵の背後には、3〜5名の者が弓兵が控えていた。
彼等は盾に隠れながら弓を構え、崖の上目掛けて矢を解き放った。
放たれた矢が崖の上へ注ぎ込まれる。すると、崖の上からの攻撃が止んだ。
親狼B「よし、効いてるぞ!続けて――」
続けて弓を引こうとする傭兵達。
だが、攻撃が止んだのは一瞬でしかなかった。
親狼B「ごッ」
事態は、一番突出しているグループで発生した。
一人の傭兵の構えていた盾が、凄まじい衝撃と共に貫通され、
ほぼ同時に、盾の主である傭兵の上半身がはじけ飛び、臓器を飛び散らせた。
親狼C「なッ――ごげッ!?」
さらに彼の横に並んでいた傭兵達も、同様に衝撃に襲われ、順番に次々と弾き飛んで行く。
親狼D「た、盾を!そんな……ぎゃッ!?」
そして盾による防護を失い、剥き出しになった弓兵達も粉砕されて行く。
頭領「馬鹿な……ッ!盾ごと貫通されている!?」
その様子は頭領も目撃していた。
頭領「糞ッ、エーナ隊下がれェ!親狼隊長、防御魔法はまだかッ!」
親狼隊長「まもなく完了です!」
後方から、親狼隊長の声が返ってきた。
崖から比較的離れた位置で、二つの傭兵グループが防御体勢をとっている。
両グループの背後では、それぞれ術師が魔法発動のための詠唱を行っていた。
彼等は、ミルシーダと言われる防御魔法を、傭兵達に施していた。
この魔法は、人や物の硬度、防御力を上げる事ができ、今はグループの傭兵達と、彼等の持つ盾にこの魔法が施されていた。
術師C「――立ち向かう者たちに、鋼にも勝る加護をッ。ミルシーダ完了です!」
頭領「ウォト隊、リンナ隊!前へーッ!」
術者が詠唱を終えると同時に、親狼隊長が号令を出す。
攻撃を受けたの傭兵グループの生き残りが後方へと下がり、
それと入れ替わるように、二つのグループは列を保ったまま一番前へと進み出た。
一番前へと進み出た二つの傭兵グループに、先ほどの攻撃が襲い掛かる。
親狼E「ぐッ!?」
何人かの傭兵が、盾越しに凄まじい衝撃に襲われる。
親狼E「……効くぜ…!なんて攻撃だ…!」
だが彼等は無事だった。
衝撃に痺れる様な感覚を覚えた傭兵達だったが、
防御魔法を施された盾は攻撃を防ぎ切り、傭兵達はその場に踏みとどまった。
傭兵弓兵A「行けるぞ、攻撃!」
そして後ろに追従していた弓兵達が、崖の上に向けて弓を引いた。
頭領「防いだか……だが、まだ威力があるようだな」
一連の様子を見ていた頭領は、そう呟く。
親狼隊長「頭領!」
そこへ親狼隊長が駆け込んできた。
頭領「親狼隊長、レイニシルダとマーヴェウォイルを使える者はいたか?」
親狼隊長「それぞれを使える術師Cと術師Dが生きてました。しばしお待ちを」
展開している傭兵グループの元へ、盾を持った3人の傭兵に守られながら、二人の術者が走って行くのが見える。
彼等は傭兵グループの背後にたどり着くと、魔法詠唱を始める。
そして十数秒後、
傭兵隊全体を、青い半透明と緑の半透明の二種類のドームが覆った。
■図解
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